萬鐵五郎作「裸体美人」は1912(明治45)年に描かれた油彩画である。
半裸の女性が草の上に寝転がっている様が描かれている。この絵は色彩が極めて鮮やかである。女性のまとった赤い布が眼を引く。そして、女性の肌色や赤い布と草との色彩が強烈な対照を成している。草の生い茂った丘は、視線をさえぎるその曲線から、ある程度の広がりがあると思われるが、女性の大きさは丘の大部分を占めるほど大きく描かれている。遠近法に従わないで女性を大きく描いているために、女性の存在感が感じられる。力を込めて描いたと想像される筆致からは、写実的に描くよりも自分の思いをそのまま絵のなかに表そうとした作者の意思を感じる。
高階秀爾氏は『岩波 日本美術の流れ6 19・20世紀の美術』(岩波書店 1993年7月刊)において、「芸術表現とは自然をありのままに写し出すものではなく、芸術家の内面世界の表出だという思想」である「新しい芸術観をよく示す最初の傑作は、1912(明治45)年、当時ようやく26歳の岩手県出身の画家万鉄五郎(1885-1927)が美術学校の卒業制作として描いた<裸体美人>であろう。事実それは、主題から言えば風景のなかの裸婦というごく一般的なものであるが、そこに見られる大胆なデフォルマシオンと強烈な色彩の対照は、太平洋画会のアカデミックな裸婦像とも、外光派の素直な自然描写とも、およそ異質なものである」と述べている。
写実性を絶対視することなく、自分の抱いた印象や思いをキャンバスに強烈に描き込むということは、当時は珍しかったようである。

